脳内メーカー的な幸せ
「脳内メーカー」的発想💡💡
名前を入力すると、その人の脳内が表示されるページがネット上あります。
「 脳 内 メ ー カ ー 」
一時期ブームになりましたね!!
自分の脳内が何の要素で埋まっているのかが表示され、「嘘」ばっかりだとか、「愛」が強いなとか、「妄想」多いな、とか笑えます。
脳内メーカーの信憑性はさておき...
私たちの心や頭も構造は「脳内メーカー」と同じなのかもしれません。
人生の好不調の実感、世界の見え方などは、脳内、心内に入っている要素次第。。。
「疑」が多い時、やってくる人やもの、起こる出来事に関して、疑念がでまくります。
「信」が多いと、自分のとるべき行動や、判断に対して迷いが少なくなります。
でも例えば「疑」と「信」があったとき、どちらかだけで脳内が100%埋まっているということはありません。日によって、体調によって、タイミングによってその割合が変わりますね。
「優」と「嫌」や「執」と「放」など、様々な要素のバランスは絶えず変わっています。
ところで私の塾時代の経験ですが
何かがあって「こいつら許せん」と思って教室に入ったことがありました。でも、その思いで生徒に向かい合ってもあまりいいことはありませんでした。
表面上うまくいったように見えても、後々には問題として噴出することが多かったです。
私の脳内「嫌」とか「敵」ばかりですから、当然といえば当然...😅
学校や塾などの教育機関でよく話されている内容に
「人の幸せを願いましょう」
というのがあります。
この行為の1番のメリットは、そのよい思いの影響が「自分自身に返ってくること」にあります。
「人の幸せを願うほどに、自分が幸せになってしまう」という...!!
でも脳内メーカー的にはそうですよね。
会う人会う人に対して「幸せになりますように」と願っていたとしたら、私の脳内が「幸」ばっかりになります。
脳内「幸」だらけ🤣
でも逆に「不幸」を願っていたら恐ろしい...
自分が幸せな状況に置かれる、例えばテストの結果が良かったとか、先生に褒められたとか、そんな時も脳内は「快」で溢れるのですが、状況に依存する分、起こりにくい、ともいえます。
まず前提として、テストの結果が良くないといけないですから。根性が必要です😅
一方で、人の幸せを願うことのストロングポイントは自分の立場・状況関係ないことでしょうか。
ただ人の幸せを願う。会う人会う人、「幸せになりますように...」
で結果、その人の脳内が「幸」で埋まったら、その人は、ウハウハです。
人は「誰かの幸せを願って幸せになる生き物」ですね。
脳内メーカーよりの学びでした。🤣
L&R まつお
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